【カッコよくなりたい】

戯言

​いきなりだが問題だ。
​今この記事を読んでくれているあなたはどのような心情か。次のア〜エのうち最も適切なものを1つ選びなさい。

​ア: 「お前が言うな」とツッコむ準備運動をしている。
イ: 暇すぎる。
ウ: 実は自分も現状の自分に満足しておらず、何かしらのヒントを求めている。
エ: 間違いクリック。今すぐ戻るボタンを押したい。​

​今回は、全人類の永遠のテーマ、「カッコよさ」について考える。
勘違いしないでほしいが、これは「モテたい」という話ではない。「モテたい」とは、ベクトルが外に向いている。「誰かに好かれたい」「チヤホヤされたい」。これは他者依存なある種の乞食である。

​対して「カッコよくなりたい」とは、矢印が完全に内に向いている。

ある日突然無人島に飛ばされて黄金伝説を強いられても、鏡の中の自分を見て「悪くないね」と笑えるかどうか。
あくまで究極の自己満足。自分が自分のファン第一号になれるかどうかの戦いなのだ。

​では、その「カッコいい人」を構成する5つの条件を、主の独断と偏見で定義する。


条件1.筋が通ってる

​「あいつはブレない」

これほどの褒め言葉があるだろうか。
流行り廃りに流されず、周囲の雑音に耳を貸さず、自分の信じた道を往く。たとえその道が、他人から見れば「あぜ道」や「行き止まり」であったとしてもだ。​

重要なのは、その選択に「自分なりのロジック」と「根拠のない自信」があるかどうか。
なんとなくで生きている奴は、どんなにイケメンでもモブにすぎない。
自分という名の法律を持ち、その法の番人になれる奴だけが、主役の座に座れるのだ。

筋、通しましょうや。


条件2.結果で証明

精神論だけではFAKE。
カッコよさには「数字」や「成果」という物理的な裏付けが必要不可欠である。​

「頑張りました」「プロセスを見てください」甘えるな。それはお子ちゃまのやること。
カッコいいヤツは、涼しい顔をして結果を出す。水面下でどれだけ必死に足をバタつかせていようが、泥水をすすっていようが、表舞台ではスマートに結果という果実だけを差し出す。

白鳥たちは見えないところでバタ足するのです。


条件3.何かに全力

時間を忘れて何かに没頭しているヤツは無敵だ。
それが仕事であれ、趣味であれ、あるいはどんなにくだらないブログであれ。​

「適当にこなす」ことがスマートだと勘違いしている奴がいるが、逆だ。
汗をかき、髪を振り乱し、なりふり構わず、青筋立てて苦しみ、何かに食らいつく姿。その必死さこそが熱量となり、周囲を巻き込む引力となる。

冷めるのは、せいぜいハンバーガーだけでいい。


条件4.現状に不満足

​「これでいいや」と思った瞬間、成長は止まる。
そこから先は緩やかな死だ。

カッコいいヤツは、常に飢えている。100点を取っても「なんで120点取れなかったんだ」と悔しがる。
側から見れば「生きづらそう」に見えるかもしれない。
だが、その「渇き」こそが、彼らを高みへと押し上げるエンジンの燃料なのだ。

​現状維持、それは衰退の別名。


条件5.矢印は常に自分

​これが最後にして最大の条件だ。

何か問題が起きた時、フェイカーはすぐに環境や他人のせいにする。
「天気が悪いから」「あいつが悪いから」「運が悪かったから」。​

違う。


「すべては自分の実力不足」
雨が降ったなら、傘を持っていなかった自分の準備不足。誰かに裏切られたなら、それを見抜けなかった自分の眼力不足。​世界を変えることはできない。変えられるのは自分だけだ。
すべての事象の責任を自分で背負い込み、それを糧にして強くなる。

その「潔さ」こそ人間の器の大きさを決めるのだ。


結論

​以上、5つの条件を挙げてみた。
ここである2文字が脳裏をよぎる。

無理。​

ハードルが高すぎる。
米倉涼子も大音量で叫んでいるに違いない。​

だが、これを目指そうともがく姿そのものが、もしかしたら「カッコいい」への第一歩なのかもしれない。

俺の伝説はここからだ。

……と、綺麗にまとめようとしたが、、、

大学生のクリスマスイヴともあろう日に、さっき起きてこんなゴミブログを書いてるのはいくらなんでもカッコよくなさすぎる。

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