【Q.恋愛のゴールはどこか?】

戯言

《ライフハック》
場所が知りたいならGoogleマップに聞けば良い。


お久しぶりです!
本ブログで皆さんが読みたいであろう「主の完全主観感想系」かつ「恋愛系」の記事です!

正直、ここ最近の記事は堅苦しすぎました。というか偉そう過ぎました。
(堅苦しそうな記事その1/堅苦しそうな記事その2 etc…)

何者でもないただの弱者男性(21)のヨワネハキこそ、かろうじてこのゴミコンテンツを読んでもらうささやかな理由だったはずなのに、いつの間にか主の考え方自体に需要があると勘違してしまったのです。

ここは1つ、初心に帰ろう。

安心して欲しい。
久しぶりだろうと今回も主の恋愛経験は圧倒的な虚無である。でも、そこには恋愛に対する0℃の熱い炎が燃えたぎっているのだ。

というわけで、今回は「恋愛におけるゴールがどこにあるのか」について真剣に考察していく。
いつものごとく経験無し、完全妄想Dreamerなのでそこんとこよろしくっ!

実戦経験が無い分、シミュレーション回数だけは最多なのである。


1.結婚

一般に恋愛のゴールとされるのはどこか。
無論、結婚であろう。
好きな人同士が行う人生最大の契約。それが結婚だ。
純白のドレスに身にまとい、永遠の愛を誓う。鳴り響く祝福の鐘。
一見ゴールに見えなくもない。

甘い。甘すぎる。
女性限定スイーツパラダイスの3皿目か、すぐにペタ倒れするキャリアー、あるいは井戸田潤ぐらい甘い。あんなものブライダル業界およびゼクシィの陰謀に違いない。

考えてもみてほしい。
赤の他人と、死ぬまで同じ屋根の下で、同じ釜の飯を食い、同じ空気を吸う。
狂気の沙汰である。
もはや修行だ。輪廻を解脱するための苦行だ。
トイレの蓋が開いているだけで引き金が引かれ、靴下の脱ぎ場所ひとつで塹壕戦が始まる。それが結婚の実態だろう。
そうやってTwitterに書いてあったもん!

なにやら最近は、「オープンマリッジ」と言って結婚をしてもなお結婚相手以外と恋愛をすることが流行っているそうではないか。
それが答えである。

結婚は恋愛のゴールなんかではなく、目的のための手段。あくまで中間地点に過ぎないのだ。


2.交際

ではこれはどうだろう。
以前からの想い人へ告白が成功し、晴れて恋人同士になる。
確かにスタート時点でのドーパミン分泌量は異常値を示すだろう。

だが、これもゴールではない。
なぜなら「付き合う」とは、互いに「嫌われないように立ち回る」という冷戦の開幕を意味するからだ。
1人時間の損失、LINE返信速度の徹底、バイト代の譲渡……。

戦場にゴールはない。あるのは休戦(デート)と開戦(喧嘩)の繰り返しだけだ。

(なお、ソースは引き続きインターネットのみとする。)


3.結論

じゃあ、本当のゴールはどこにあるのか。
結婚という制度でもなく、交際というステータスでもないなら、我々はどこを目指せばいいのか。

私がたどり着いた結論はこれだ。
恋愛のゴールとは、

「目の前でいびきをかいて寝られる人と暮らすこと」

である。

想像してほしい。
相手への気遣いも、自分を良く見せようとする見栄も、すべてが剥がれ落ちた瞬間。
「こいつなら、どんな無様な姿を見せても離れていかないだろう」という、諦めにも似た絶対的な信頼。
隣で怪獣のようないびきをかいているパートナーを見て、
「うっわ、うるせぇ……」
と呟きながら、その背中を蹴っ飛ばして自分も二度寝する。
これぞ本当の『怪獣の花唄(イビキ)』である。
この「危機感の欠如」こそが、人間関係における最高到達点(ゴール)なのではないか。
ドキドキなんていらない。ときめきなんて不整脈の元だ。
必要なのは、生存本能レベルでの「緩み」なのだ。

(数ヶ月ぶりに沈黙が流れる、、)

という結論を、
誰のいびきも聞こえない、静寂に包まれたワンルームで書いている。
静か。あまりにも静かだ。
聞こえるのは、冷蔵庫のコンプレッサーの音と、パソコンのタイピング音だけ。

私のゴールはどこだ?
いや、もしかすれば一人で静かに寝られる今こそが、ゴールなのかもしれない。

否、そんなわけないのだ。

本日付けで「主の前でイビキをかいて寝られる人」の募集を始めます。

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