【短編小説『絶対恋愛』】

小説

この国では、恋人が郵便で届く。

この国では、18歳になると交際相手が支給される。容姿、学力、身体能力。それぞれを10点満点で測定し、二人の合計値がちょうど30点になるように、配属局が相手を選ぶ。

通知書は、あの日と同じ白い封筒で届いた。
封を切る前に、透のことを書いておこうと思う。

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これは、透がのちに語った話だ。

18歳の誕生日前日、透は眠れなかった。
測定結果票には、以下のように示されていた。

『容姿:1 / 学力:3 / 身体能力:2』

合計点数、たったの6点。学年でいちばん低い数字だった。
測定会場の掲示板前。透は自分の番号を探すふりをして、ずっと下を向いていた。家に帰って洗面所の鏡を覗くと、そこにはやはり、1点の顔があった。

それでも透は、その夜だけは、自分の数字を恥じていなかった。

「24点が来る」

暗い天井を見ながら、彼は何度もその引き算をした。30から6を引けば24。小学生にでもできる計算だ。透はそれを、当たりくじのように握りしめていた。顔も名前も知らない誰かの点数を、自分の取り分のように数えていた。

翌朝、配属局の担当官がインターホンを鳴らした。灰色の背広を着た、声に抑揚のない男だった。

「佐伯透さん。交際相手を支給します。一ノ瀬澪さん、24点です。」

担当官の後ろから現れた澪は、透が思い描いていたどんな顔よりも美しかった。そして、思っていたよりもよく笑った。透の顔を正面から見て、目を逸らさなかった。そんなふうに見られたのは、初めてだった。

「よろしくね!透くん!」

書類に二人分の署名を済まし、担当官は一礼して帰っていった。六畳の部屋を不思議そうに見回す澪。その時、彼女の鞄の中で携帯電話が震えた。画面を見た澪は、それを鞄の底に押し込んだ。

「出なくていいの?」

「いいの。父だから」

それからしばらく、ぎこちない時間が流れた。

「怖かった? 私が来るの」

澪が微笑みながら問いかける。

「怖くなかった」と透は言った。

「嬉しかった。24点が来るって分かってたから」

「正直だね」

澪は笑った。
それから澪は窓を開け、「いい部屋だね」と言った。
日当たりの悪い、北向きの部屋だった。

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部屋に居続けるのもあれなので、夕食は駅前の古い喫茶店でナポリタンを食べた。
澪は粉チーズを、皿が白くなるほどかけた。それが彼女の癖だった。透が笑うと、澪は「点数には出ないところでしょ」と言って、もう一振りした。

「透くんは、何点だったらよかった?」

「30点」

「それ、相手はゼロ点になるよ」

澪はおかしそうに言ったが、透は笑えなかった。

澪は透に、好きなものを一つずつ聞いた。好きな季節、好きな色、好きな歌。透が答えるたびに、澪は小さく頷いて、覚えておくね、と言った。

帰り道、澪は河川敷に座ってしばらく遠くを見ていた。

「前にも、ここに来たことがある」

「誰と?」

「昔の話」

それから澪は、独り言のように言った。

「点数って、誰が決めたんだろうね」

透は答えられなかった。

部屋に戻ると、テレビのニュースが今年の支給実績を伝えていた。
「支給率は99.8%で過去最高を記録」
澪はリモコンを取って、黙って電源を切った。

夜、澪の携帯がまた鳴った。今度は電話を取った。ベランダに出て、硝子戸を閉めた。透にはほとんど何も聞こえなかった。ただ一瞬だけ、戸の隙間から澪の声が漏れた。

「——6点の」

戻ってきた澪は、何か言いかけて、やめた。そして透の手を握り、「おやすみ」と言った。

翌朝、澪は死んでいた。自分でそうしたのだった。

配属局の処理は、書類一枚で済んだ。交際相手死亡届。担当官は前日と同じ声で、記入欄を指さした。死亡日時、死亡場所、届出人との続柄。続柄の欄には「交際相手」と印字されていた。

葬儀で、透は一度だけ澪の父親と目が合った。一ノ瀬恭一郎は何も言わなかった。測定でもするように透の顔を眺め、それから目を逸らした。

「——6点の」 

透はあの夜の声を、何度も頭の中で繰り返した。

「6点の男と、一生を」

そう考えるのが自然だった。

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透は1年間、鏡を見なかった。洗面所の鏡は、葬儀の翌日に自分で割った。破片はそのままにしてあった。測定結果票は冷蔵庫に留めてあり、彼は毎朝読んでから家を出た。

倉庫の夜勤を始めたのは、人と顔を合わせずに済むからだった。
それでも噂は届いた。24点を死なせた男。町の誰もが、透の点数と澪の点数を知っていた。

澪の命日。配属局から一枚の葉書が届いた。服喪期間の満了日と、再支給の予定日だけが印字されていた。

『服喪期間満了に伴い、新たな交際相手を支給します。』

支給後1年以内に相手が死亡した場合は、1年の服喪期間を置いて、新たな相手が支給される。交際相手支給法第十二条第二項。窓口の職員でもなければ、条文の番号まで覚えている人間はまずいない。

再支給日当日。玄関にはあの日と同じ担当官が立った。

「佐伯透さん。服喪期間満了に伴い、交際相手を支給します。二ノ宮燈さん。24点です。」

担当官の後ろに、燈が立っていた。背が高く、よく日に焼けていて、美人と呼ぶには地味な顔立ちだった。足元には、履き古した運動靴と、本ばかり詰まった段ボールが二つあった。透は燈の顔を見なかった。見たのは、書類の右上の数字だけだった。

「お引き取りください」

担当官は規定を読み上げた。支給は拒否できない。帰り際、担当官は燈に「何かあれば配属局まで」と言った。燈は「何もありません」と答えた。

燈はその日から、割れた鏡のある洗面所を使うことになった。
燈は何も言わずに、鏡の破片を新聞紙にくるんで捨てた。それが、燈がこの部屋で最初にしたことだった。

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3か月が経った。
透は燈とほとんど口をきかなかった。燈は朝早く走りに出て、夜は遅くまで本を読んだ。二人は同じ部屋で、違う時間を生きていた。雨の日にも、燈は走りに出た。窓から見えるその背中を、透は数字以外のもので見ようとしたことがなかった。見ることができなかった。

燈は毎朝、弁当を二つ作った。透は一度もそれを持って行かなかった。夜勤から帰ると、手をつけなかった弁当は、いつも燈がきれいに食べ終えていた。燈は文句を言わなかった。翌朝も二つ作った。それが日常だった。

一月のある夜、停電があった。ろうそくを1本だけ灯した台所で、透は初めて澪の話をした。前夜の引き算のこと。粉チーズのこと。河川敷のこと。硝子戸の向こうから聞こえた声のこと。なんで急に話してくれたのかは、今でも分からない。

「俺が6点だったから、あいつは死んだんだ」

燈は言った。

「透くん、醜くなんかないよ」

「容姿1点だ。国がそう言ってる」

燈はろうそくの火を見つめていた。

「私ね、通知が来たとき、泣いたよ。6点の人のところに行くんだって」

透は何も言えなかった。燈は続けた。

「でも、泣いたのは数字のせい。まだあなたに会う前だったから」

燈は少し黙ってから言った。

「澪さんが死んだのも、あなたのせいじゃないかもしれない」

透は笑わなかった。

けれどその夜から、二人は同じ時間に夕飯を食べるようになった。二月には、透が弁当を持って行った。三月には、燈が小さな鏡を買ってきて、洗面所に掛けた。透は何日かそれを避けていたが、やがて髭を剃るときだけ、そこに顔を映すようになった。同じころ、透は燈の味噌汁を「うまい」と言った。四月には、冷蔵庫の測定結果票が、いつのまにか買い物のメモの下に隠れていた。

燈がそのとき何を考えていたのかは、書かない。

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燈が一ノ瀬家を訪ねたのは、四月の終わりだった。透には内緒だった。
駅から坂を上った先の、大きな家だった。燈は途中の花屋で白い花を買っていた。玄関には澪のものらしき靴がまだ並んでいた。燈は仏壇に花を供え、長いあいだ手を合わせた。振り返ると、恭一郎が廊下から黙ってこちらを見ていた。燈を客間に通すと、彼は茶も出さずに訊いた。

「君は何点だ」

「24点です」

「娘と同じだな」

それから恭一郎は、黙って二階を指さした。澪の部屋は、一年半前のまま残されていた。机の上には、知らない少年と並んで笑う澪の写真が、伏せられずに置かれていた。写真の背景は、あの河川敷だった。

「この人は」

「24点の男だ」と恭一郎は言った。

「娘と足して48。30とはかけ離れた数字だ」

恭一郎はそれ以上、写真のことを話さなかった。

燈はもう一度写真を見て、それから恭一郎に向き直り、こう言った。一言一句、違わない。

「透は、自分のせいで澪さんが亡くなったと思っています。でも、そうじゃないと思うんです。透は今、やっと笑うようになりました。だから、本当のことを知りたいんです」

恭一郎は長いあいだ燈を見ていた。それから、一言つぶやいた。

「あの男に、よろしく」

家での会話はそれで最後だった。
帰りの電車で、燈は一度だけ携帯を取り出し、透に何か打ちかけて、消した。そして家に帰ると、何事もなかったように夕飯を作り、透には何も話さなかった。

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五月の夜だった。燈が焼き魚を真っ黒に焦がした。皿を覗き込んだ透は、「炭だろ、これ」と言って、声を出して笑った。燈が来てから、初めてのことだった。燈も笑った。その朝、透は洗面所の鏡の前で、初めて自分から髪を整えていた。燈はそれを見ていたが、何も言わなかった。

インターホンが鳴った。ドアを開けたのは燈だった。
そのあとのことは書かない。書けることは一つしかない。恭一郎は最後まで、透の名前を一度も呼ばなかった。

翌週、同じ担当官が同じ書類を持ってきた。交際相手死亡届。死亡日時、死亡場所、届出人との続柄。燈は続柄の欄に、印字されたとおりの言葉が並んでいるのを、しばらく見ていた。それから、黙って署名した。

秋の公判で、恭一郎は一度も傍聴席を振り返らなかった。動機を問われ、「娘の代わりが笑っていた」とだけ答えた。それから一つのことだけを、淀みなく供述した。支給の夜、娘に電話をかけたこと。そして、こう言ったこと。

「——6点の男と、一生を過ごすつもりか」

澪はその言葉を、ただ一度だけ繰り返したのだという。問い返すように。
私は傍聴席にいた。透がそれを知らないまま死んだことを、私だけが知っていた。

閉廷のあと、廊下であの担当官とすれ違った。灰色の背広も、抑揚のない声も、何ひとつ変わっていなかった。彼は私に会釈をして、次の書類の束を抱えたまま、足早に去っていった。

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台所の冷蔵庫には、まだ測定結果票が貼ってある。

『容姿:1 / 学力:3 / 身体能力:2 』

買い物のメモはもう増えない。洗面所の小さな鏡は、今も割れていない。
来月、同じ担当官が、同じ声で、この部屋の呼び鈴を鳴らすだろう。

封筒の宛名には、燈とある。
ここまで燈と書いてきたのは、それが私だと書く勇気がなかったからだ。

封を切る。中身は読まなくてもわかっている。

『服喪期間満了に伴い、新たな交際相手を支給します。』

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