番外編.思い出
一旦休憩だ。
ここで学生コーチとして記憶に残っているエピソードをいくつか挙げようと思う。
フルコンAD、レフリングにて大失態
1年の夏練だったと思う。
ノンメンで15v15の試合形式ADをすることになった。そしてそのレフリーをすることになった。
それはそれはカスみたいなレフリングだった。というかレフリングにすらなってなかった。レフリングを煮詰めて残ったしぼりかすみたいなもんだった。
選手やヘッドコーチから試合中に何度怒鳴られたか分からない。練習後のハドルで泣きそうになりながらガチ謝罪をした光景が鮮明に残っている。
同期に刺激を受ける
1年の夏合宿。
チーム練が始まるにあたって、同期の学生トレーナーがステーションアップを仕切るようだ。ある程度大勢の選手たちを相手に話してきた主は少々高みの見物だった。
いざ、ある同期トレーナーのアップ。それはそれは刺激的だった。自分なんかより遥かに上手だった。話し方、時間配分、実行手順。どれをとっても自然だった。
悔しかった。すごく悔しかった。自分ももっと成長しなきゃと感じた。
あまりの悔しさに、珍しく自分からヘッドコーチに嬉々として話しかけた事を覚えている。
ちなみにまだ本人には言ってないと思う(たぶん)。
最初で最後の反抗期
2年の春。
S・Fくん(仮名)。僕は彼のプレーが好きだった。見ていて楽しい、かっこいいラグビーをするからだ。
でも、当時のヘッドコーチは彼のことをプレイヤーとしてあまり評価していなかった。ディフェンスがダメらしい。彼の中でディフェンスができないことは致命的なのだ。とにかく致命的だ。
ある時は彼のディフェンスの欠点について30分近く語られたこともあった。
それが僕はもどかしかった。
彼ならもっと上のカテゴリーで活躍できるはずだ。彼のプレーをもっと高い環境でも見てみたい。
そうして僕のヘッドコーチに対する挑戦が始まった(勝手に一人で始めた)。
練習後に何度も彼を呼び出して、ヘッドコーチにアピールするようにタックルの練習をした。タックルに関してはほんの少しだけ造形があったので、なんとか振り絞って伝えられることを伝えた。
そんな春練期間を続けていると、少しづつヘッドコーチの評価も変わっていった。まぁ今思えば、僕のわざとらしいアピールも見透かされたうえでの事かもしれないが。
そうして迎えた春シーズンのターゲットゲーム、筑波戦。彼は見事に体を張ってディフェンスを成し遂げた。試合後のヘッドコーチの評価も高かった。
こんなにうれしいことはなかった。
別に私のコーチングが上手かったとか、私の手柄だとかそんな話ではない。それを成し遂げたのは選手である彼自信の努力に他ならない。私が成し遂げたことなど何もない。けれども、彼の成長をわずかだが支えられた気がした。それがたまらなく嬉しかった。ちょっとカッコつけた言い方をすれば「コーチ冥利に尽きる」とはこういうことか、と感じた。
これを本人に言ったとしても、「別に特段変わったことはしてない」だとか、そもそも「そんなこと覚えてない」だとか言われそうだが、これが未だに学生コーチとして一番の思い出だ。
なお、これが当ヘッドコーチとの最後の試合となった。
4.新天地 その1
さて、話は続く。
学生コーチ史に残る成功体験を得た直後、チームはNoヘッドコーチ期間を迎える。ヘッドコーチがいない。どころか、大人が誰ひとりいなくなった。それすなわち、私がヘッドコーチも同然だったわけだ。コーチ2年目にして、大学上位レベルのヘッドコーチになったのだ。
毎日練習の直前に幹部陣と練習メニューを考え、それを選手たちからの鳴り止まない不満の声に包まれながら仕切るのだ。選手から不満が出るのもあたりまえだ。学生コーチとしての在り方とヘッドコーチとしての在り方はまるで異なる。ヘッドコーチに必要なのは信頼と実績だ。ヘッドコーチは学生コーチのような挑戦者ではいけない。ある程度の確実性が求められる。
ここから先は言うまでもない。ただそんな状況を背をってくれた当時の幹部陣には頭が上がらない。

5.新天地 その2
3か月間の睡眠から目覚めると、そこはまるで別世界だった。
ヘッドコーチを始め、ルールから戦術システムまで、チームは大きな改革を遂げていたのだ。
だからといって、学生コーチがやるべきことは変わらない。環境が変わったならば、その環境を楽しむまでだ。
と、大口を叩いてみるものの、やはり挫折は続く。
新たな環境、新たなシステムを前に、自身を持って声をかけるのは容易ではなかった。
自分はまだ理解が足りてないのではないか?
その不安が募り、中々練習に積極的に絡めない時期もあった。
5.それでも
「学生コーチ、存在感無いなぁ」
そんな私に向かって、当時の主将はこんな声をかけてくれた。
「いなかった期間で自分に自信がなくなってしまった」と弱音を吐いた私に、彼はこう続ける。
「目の前のワンプレーには必ず良いところも悪いところもある。完璧なプレーはそうそうない。だからこそ、お前の目に写ったプレーをお前なりに評価すること。それはどんなに小さなことでも構わない。それが学生コーチのやるべきことだろ」
ハッとさせられた。
やるべきことは変わらずそこにあったのに、環境の変化を言い訳に逃げていたのだ。そもそも自信なんて最初からなかったはずだ。プレー経験が少なくても、コーチ経験が少なくても、それでも自分なりに頭を捻って声をかけ続ける、挑戦し続けることが目指した学生コーチだったはずだ。感動的な感じでカッコつけた言い方をしたが、要するに「存在感無い」と言われたことが単純に図星で悔しかったのだ。

6.『僕が』学生コーチだということ
なんだか大げさに話してしまったが、学生コーチというのは別にそんな大層なものではない。
そもそも私にはもう2年弱、学生コーチとしての期間が残されている。そんなタイミングでこんな卒業式目前かのような文章を書いたのは、一種の備忘録というか決意表明というか中間セーブというかそんな感じだ。学生コーチとして理想的な人間像を語りたかったわけではない。
タイトルに『僕が』と入れたのには理由がある。
ラグビー経験が豊富で、指導力があって、選手からも信頼されているような、そんな絵に描いた餅の話をしたかったわけではない。プレー経験が少なくて、何度もチームを離れて、存在感がないと言われた。そういう『僕が』学生コーチをやっているという話がしたかった。
正直に言えば、向いていないと思うことは今でもある。というか確実に向いてない寄りだ。もっと適任がいるだろう。ただ、だからといってやめる理由にはならないし、やめたいとも思っていない。不思議なことに。残念ながら。
残り2年弱、何が起きるかはわからない。また3ヶ月眠ることになるかもしれないし、また「存在感無いなぁ」と言われるかもしれない。それはそれで構わない。そのたびに悔しがって、またグラウンドに戻るだけだ。
チャレンジャーのままでいい。
どうせ最初から、自信なんてなかったのだから。

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